途切れてしまった「サッカー日本代表」というブランドのストーリー

 

ワールドカップ(以下、W杯)が迫ってきました。今月の14日からだから、あと一週間ですか。

でも、なんだか気持ちが盛り上がっていません。めちゃくちゃサッカー好きってわけではないですが、例年はもう少しテンションが上がっていたはず…

原因はわかってます。例の監督解任劇です。詳しいことはわかりませんが、やっぱり不可解で、非礼で、筋が通ってないように見えます。

だって、アジア最終予選を一位で突破したんですから。突破を決めた豪州戦なんて、グッとくるものがありましたよ。W杯本戦に出られるってことは、当たり前じゃないんです。

 

話は変わって、今こんな本を読んでいます。

広告コピー、コピーライティングについて論理的にまとめられたいい本です(読み終えたら、また本棚に並べておきます)。

そこで「成功したブランドは、いいストーリーを持っている」という主旨の記述がありました。これまでも、似たような話を聞いたことはありましたが、今回はスーッと心に入ってきました。

「ほんとだな」と腹落ちしたんです。そう、サッカー日本代表を思い浮かべたからです。

 

思えば、ドーハの悲劇(W杯初出場を、もうちょっとのところで逃した)、ジョホールバルの歓喜(ギリギリのとこで、W杯初出場を決めた)。

初出場、でも一勝もできなかったフランス大会。日韓大会、ロシア戦で初勝利を決めた稲本のゴール…(以下省略)

と、日本代表にはストーリーがあったんです。わたしたちは、文字通り「日本の代表」として思いを託したし、彼らには「日の丸を背負う」という言葉の重みに値する価値があった。

 

時代が変わったのかもしれません。興味関心がますます多様化した現代日本に、そんなナショナリズムはもう求められていないのかもしれない。

でもね、せっかく築き上げたブランドを、よく理解もせずに(いや理解して、計算して、秤にかけたうえでの判断でしょうが)手放す理由がわかりません。

しかも、そのブランドは日本サッカー協会だけのものじゃないですよ。国民とメディア(あえて含めます)がみんなで、少しずつ育てて温めてきたブランドなんです。

 

W杯と言えども、言わば大の大人が球を蹴り合うだけです。ただのサッカーの一試合です。グループリーグはそれを3つやるだけ。

「日本代表」というブランドがなくなれば、みんなそのことに気づいちゃいます。スポンサーサイドは、わかってるんでしょうか。何をなくして、どんなストーリーを途絶えさせたのか。

解任騒動時に「今回の件で日本代表が得たものは、国民の無関心」という論調の記事を読みましたが、そういうことなのかもしれません。

 

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