最近、映画をよく観ます。フィクションがしんどくて、離れることもあったけど、今はちょうどいいみたい。
さて、定額制動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」が、こんな新聞広告を掲載しました。二連版30段、見開きの全面広告です。
ひとりじゃない、世界がある。
宇宙に興味を持ったのも、ボクシングを始めたのも、きっかけは1本の映画だった。夢のような2時間が、夢で終わらないことがある。知らない世界を見にいこう、まだ見ぬ英雄に会いにいこう。虚構と現実の線なんて、誰かが引いたものだから。#Netflix #今朝の新聞広告 pic.twitter.com/0Ntn5cotMa
— ことばと広告 (@kotobatoad) September 6, 2020
見慣れた動画のコントロールバー、キャッチコピーは「線を超えるもの」
ボディコピーでは、線は旅のようなもので、人々が生きるストーリーだと語ります。たしかに、あの数十センチのバーのなかに、人間が、世界がギュッと詰まってるんですよね。
思えば、これまで何本の映画を観てきたんだろう。そりゃ、価値観が合わない映画もあったし、途中で観るのを止めたこともある。
でも、そこには大抵わたしの知らない世界があったし、普通に暮らしてたら、交わることのない人たちが生きていた。
現実は映画のように、華やかじゃない。大逆転はほぼ起こらないし、偶然の出会いもまずない。仕事も勉強も、地道にコツコツ積み上げていくことの連続だ。
だって、わたしたちの人生は、2時間に凝縮されてはいないから。
でも、人は映画に夢を見る。きっとこれからも、そうだろう。
憧れだった仕事に就けるから?とても買えないような豪邸に住めるから?世界を救うヒーローになれるから?過ぎ去ったあの頃に戻れるから…
それもあるけど、やっぱりきっかけがほしいんだ。心躍るような冒険をあきらめるにはまだ早い。動き出せば運命の出会いが待ってるかもしれない。
さぁ、虚構と現実のラインを超えよう。映像にできたことは、きっと人生にだって起こる。
Netflix新聞広告「線を超えるもの」
子供の頃は、いろんな線があった。この線に沿って並びなさい、線をはみ出してはいけません。線Aと線Bが交わって、試されることもあった。でも、僕が大人になると、ぜんぶ消えていた。たぶん、最初から線なんてなかったんだ。#Netflix https://t.co/FuoPo07pWG
— ことばと広告 (@kotobatoad) September 7, 2020